『日記に幕は下りません』おまけペーパーを公開します

  2019年の11月から2020年10月まで、歌人の笠木拓さんとオンラインでしていた交換日記をまとめた本『日記に幕は下りません』を2021年12月25日に発行しました(こちらの記事に詳しく書いています)。
 この本にはおまけペーパーがついています。笠木さんの歌集『はるかカーテンコールまで』と柳川の会社員百合小説『オフィスに百合は咲きません』というそれぞれの作品からつけたタイトル『日記に幕は下りません』にちなみ、笠木さんによる『オフィスに百合は咲きません』をイメージした短歌連作と、柳川による笠木さんの短歌のイメージ掌篇を掲載していました。

 本をお求めくださったかた向けの特典だったのですが、本の発行および配布開始から時間が経ったこともあり、今回Web公開することになりました。

『日記に幕は下りません』は笠木さんのBASEおよび柳川のBASEから入手可能です。また、文学フリマ東京39をはじめ、イベント頒布も予定しております。どうぞよろしくお願いいたします。


PDFはこちらから


醒めないままで

 無人の客席のいちばん後ろから、アユはがらんとした舞台を眺めた。
 プロセニアムに囲まれた四角い空間には、もう何もない。ほんの数時間前までアユはそこに立っていて、一瞬たりとも同じすがたでとどまっていない絵、夜ごとあらわれては消える夢の一部だったのに。
 タイトルどおり、夏至をめがけてスケジュールが組まれた「夏の夜の夢」の一週間の公演は、今夜、六月二十六日が千秋楽だった。
 アユ、と声をかけられて振り向く。いつのまにかサヤが入ってきていた。
「また感傷に浸ってる」
「だって……終わっちゃったから」
「終わらないと始まらないでしょ、次の舞台が」
 次、ということばに、アユの心はかすかに波立つ。次は秋の大学祭で、この舞台で妖精王オーベロンを演じたノリ先輩も、その妻のティターニア役だったマコ先輩も、最後の公演になる。来年にはアユやサヤたちは三年生になり、就職活動が始まれば、事実上引退だ。芝居じたいは何とか続けていくこともできるかもしれない。けれど、女子大の演劇サークルという、オールフィメールの劇団で男役を演じていられる時間は、長くない。
「……楽しかった。サヤと、女の子を取り合うの」
「まあね、アユ今回もかっこよかったよ」
 敵役のディミートリアスでいるあいだ、ライサンダーに扮したアユをあんなに憎々しげに睨み付けてきたのが嘘のようにサヤは人懐こく笑い、アユの腕に腕を絡めてきた。
「ねえ、気づいてた? 夏の夜の夢って、ティターニアもライサンダーも解毒剤で惚れ薬の効果が切れて正気に戻るけど、ディミートリアスだけは惚れ薬が効いたままなんだよね。魔法にかけられたままで、ハッピーエンドになるんだ」
 だから、わたしは夢から醒めていないんだよ。顔に似合わないハスキーな声で、サヤは囁いた。
 こみあげてくる感情をこらえ、わざとらしくキメ顔をつくって、アユは頷いた。サヤが噴きだす。サヤの醒めない夢に乗ろう。少なくとも今は。顔を上げ、アユはもう一度、夢を縁どる額縁を見つめた。

金の額縁 醒めないままでいることがわたしを弱くしませんように(笠木拓)

 

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